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XX文学の館 地下本基礎講座

第六回 作品(その2)


地下本関連の話題に付いて行くためにも是非押さえておきたい、という作品を取り上げました。取りあえず作品名だけでも覚えて下さい。尚、書影の説明に(発禁)としてあるものは、戦後に公刊されて摘発を受けたものです。


「避難宿の出来事」「田原安江」

解説

先ずは「相対会研究報告」より二編。 芥川龍之介作ではないかと言われている『赤い帽子の女』は戦後になって一般にも知られるようになりましたが、戦前から知名度の高かったのはこの二編です。 戦後も昭和二十六、七年頃に艶本を次々に出版しては摘発を受けていた紫書房が出したのもこの二編です。 『赤い帽子の女』は影も形もありません。つまり、芥川龍之介説が出てきたのはそれ以降ということになります。 ここに掲げたのは原題ですが、地下本の常として、ここから派生したものは全く別の題名になっていることが多いです。

『避難宿の出来事』では 「避難宿」 「避難宿の五日」 「旅の嵐」 「細波」『露時雨』 等、
『田原安江』では 「安江と云ふ女」 「待合の女」 「彩情記」 「しのび逢い」『あいびき』「相対会研究報告」からは、これ以外にも多くの資料が地下本に流用されていますが、 それらに就いては 体験記録 > 相対会 > 「相対」異聞(改訂版) > 5.流用された「相対」 を参照して下さい。

『田原安江』 『避難宿の出來事』
復刻版扉 復刻版扉
公刊本
「田原安江」 「避難宿の出来事」
河出書房新社
概要

陽炎生の報告である『避難宿の出来事』は、

急用があって乗った列車が、大雨で鉄橋が壊れてしまい、途中で止まってしまった。仕方なく下車して宿屋に逗留せざるを得ない状況に追い込まれた彼は、同じ席に座っていた二人の人妻と同宿する事になる。 部屋が空いていないと言うことで三畳一間の物置があてがわれ、三人と赤ん坊一人が押し込められる。一人は丸髷のY子、もう一人は子持のF子であったが、この三人が過ごした五日間の記録である。

黙陽生の報告である『田原安江』は日付を入れた記録風の記述になっている。

いつもの待合いに出向いた私が女中のおせいさんに紹介されたのが眼鏡を掛けた小柄な洋装の安江であった。 謎に包まれた安江とは何故か意気投合し、その後も逢瀬を重ねることになるが、その様子が日記風に描かれている。 或る時は色々な道具を使い、或る時は生理中であるのも構わずと…。 安江と会う段取りを決めるのに、電話ではなく、手紙を使用するのが時代を反映していると言えるであろうか。

尚、「田原安江」に就いては少し問題がありますので、片篇集「相対」異聞(改訂版)「4−2−1.『田原安江』と『あひびき』(待合の女)」をご覧下さい。


「ツルーラブ」

解説

「壇ノ浦」を基本に入れて、何故これを基本に入れない、と言われそうな程著名な作品です。 ジョン・スミス作と言われ、革装の豪華本からタイプ孔版の粗末なもの迄、時代も明治から戦後と発行し続けられています。
書名は英語の「True Love」のままのことが多いですが、 カタカナ表記した『ツルー・ラブ』や それを訳した『恋の真相』の場合もあります。

構成

この構成と概要は生活心理学会版を元にしています。従って、他の版ではエートンでは無くイートンになっているなど、多少の異同があります。

第一  發端
第二  ブラウンの小夜衣
第三  スタンレーの内氣者
第四  バートンの假裝舞踏會
第五  エートンの談 − 無上の樂園
第六  リバアスの談 − 黄金の甲板
第七  スチュィベサンの談 − 秣積みの中
第八  リチャアドの談 − 解剖學的説明 −
第九  ブラウンの談 − 両手に花
第十  別れの曲
第十一 ウイズロウの談 − 不思議の珍客
第十二 イダの談 − 女の陷る道
第十三 ビクの談 − 斯道の面白さ
第十四 會長の談 − 劇く醉ったよ
第十五 結論
概要

スミス大学にあった秘密クラブの集会で唯一の未経験者エートンに刑罰が与えられる事になり、裸のまま椅子に縛り付けられたエートンは二人の女性イダビクに弄ばれる。 そんな状況を見ながらトム・ブラウンは自らの初体験の様子を語る。

トムの話が終わった頃エートンは高々と…。 その次に体験談を語ったネッド・スタンレーバートンの話が終っ時、自由になっていたエートンの両手は…。 これを期にビクエートンに挑むがエートンが萎えてしまい失敗、代わりに会長がビクの相手をしている間に、エートンイダは別の部屋に逃げ込んでしまう。

目的を果したエートンが出て来て報告を終えると、一座は乱痴気騒ぎになり、体験談も更に続く。


「バルカン・クリーゲ」

解説

梅原北明文藝市場社から昭和三年五月頃、総革装幀の限定375部で刊行予定であったのが、発送前に総て押収されたと言われているものが本邦初です。 元本はドイツ人のウイルヘルム・マイテル博士著となっていますが、艶本特有の仮託と思われます。 その後、日本文献書房を始め 「バルカン戦争」 「指揮官夫人と其娘達」 「戰亂史」 等の書名で戦前、前後、公刊、非公刊を問わず多数刊行されていますが、ここ数年に発行されたものを除けば殆どが摘発の対象になっています。

「ばるかん戦争」 「バルカン戦争」 「バルカンクリーゲ」
日本文献書房版 東京書院版(発禁) 利根書房版(発禁)
公刊本
「バルカン・クリーゲ」
監修・城市郎、河出書房新社
構成
上巻
 第一編 〜 第二編
下巻
 第一編 〜 第二編
 下巻追加
概要

バルカン半島に勃発した戦乱で男共が出征してしまい、残された婦人達はその寂しさを紛らわすために、或いは小間使いの女性と、或いは下男と、犬と、挙句の果ては守備兵との間での乱痴気パーティーと止まる所を知らない状況が続く。 やがて、そう言った状況に飽きてきた彼女らは、貞操堅固な百姓娘を探し出し、陵辱してしまう。屈辱感から復讐を思い立った彼女は、敵の司令官に訴えかけ、町は敵の攻撃にあっけなく陥落する。

町にやってきた侵入者はやりたい放題、婦人達も相手が増えて…。抵抗を試みる女性達も捕らえられて鞭打ちの刑の果てに…。謹厳な女性教師は暴力に屈したとは言え、喜びを知ってからは自ら娼家の主人と化してしまう。 饗宴が続くのは敵が来る以前と何ら変りが無かった。やがてバルカン戦争は終わり、帰国した男は不貞の女共を追放するものもあったが、ハレムと化した我が家にあきらめるものもあった。


「蚤の自叙伝」

解説

梅原北明が上海から刊行したとの伝説を持つ雑誌【カーマシャストラ】『蚤十夜物語』として連載されていましたが、 訳者の佐藤紅霞が顧問として福山福太郎文芸資料研究会に迎えられたため、そこから昭和四年頃に単行本「蚤の自叙傳」として出版されました。 発端部を訳出した【文藝市場】九、十合併号が初出です。 異本は初出時の題名である「蚤十夜物語」か 単行本として出版された時の書名「蚤の自叙傳」 のタイトルで刊行されことが多い様です。

戦後の昭和二十六年五月に公刊された東京書院「蚤の浮かれ噺」では、内容が強烈すぎて無難な表現が出来ないとして丸々一章を削除しましたが、摘発を受けています。

『蚤十夜物語』 「蚤の浮かれ噺」
【カーマシャストラ】創刊号 東京書院版(発禁)
構成
前編 ベラーさんの話
   第一章 〜 第六章
後編 ヂュリヤさんの話
   第一章 〜 第六章
概要

ベラーさんの体に住み着いた私(蚤)が彼女に起こる出来事を語るという体裁を取っています。

夜の花園で恋人といちゃついている所を覗き見られたベラーは、覗いていた神父のアムブローズに脅されて修道所に連れて行かれる。 修道所ではアムブローズも含め三人の神父に休むことなく、同時にありとあらゆる陵辱を受け続けられる。さらには、叔父のヴェルブックからも…

ベラーの親友のヂュリヤの叔父はベラーを何とかものにしたいと思っていたが、 その事をベラーから相談されたアムブローズは二人の間を取り持つ事で、ヂュリヤを手に入れようと考える。 アムブローズの思惑通り事は運び、二人の叔父と二人の姪、それにアムブローズの五人は…。


「るつぼはたぎる」

解説

従来は世界文学叢書の第八巻として世界文学研究会から刊行された、とされていましたが、実際は同叢書とは関係ない単独出版です。 但し、頒布は同会からもされています。

この作品も長編のためか各章がバラバラに刊行されることが多いです。 所見本では初出の「るつぼはたぎる」の他、 「黒と白(上巻)」「虹のうたげ」『誘惑』「色道」『色道』が最初の数章のみで刊行されています。

また、雑誌【造化】『房子の巻』『淳子の巻』が復刻されています。 全体的には『房子の巻』『栄一の巻』が刊行の対象になっている様です。

公刊本
「るつぼはたぎる」
監修・城市郎、河出書房新社
構成
房子の巻
淳子の巻(一)
淳子の巻(二)
榮一の巻(一)
榮一の巻(二)
榮一の巻(三)
ナオミの巻
梅園邸の巻(一)
梅園邸の巻(二)
稔の巻
蘭子の巻
待合田毎の巻

詳細は片篇集「世界文学叢書とるつぼはたぎる」を参照下さい。

概要

母が法事で実家へ帰った留守が心許ないと、近所の栄一に来てもらう事にしたが、房子はまだ十六の栄一を篭絡してしまう。

男爵の夫と死別した淳子は、友人の葉子の夫で医者の欽哉を病気と偽って自宅に呼び…。 さらに葉子の家へ訪れ、そこで紹介された欽哉の同郷の野村をも篭絡してしまう。

東京の中学に編入した栄一はスポーツで鍛えた体と美貌で女学生を始めとする女性たちを蹂躙しまくっていたが、夏季休暇を待たず帰郷すると房子の嫁ぎ先を訪ねた。 房子を忘れられなかった栄一は…。 房子の家で偶然会った隣家の糸子を請われるままに訪ねた栄一は…

と、止め処も無く続いて行くのはこの種の長編ものにはありがちなパターンです。


「メッシナの宮殿」

解説

洋物で、斯界では有名な作品ですが、何故か一般の解説書に登場することは殆ど無く、内容があまり知られていません。 戦前は「和洋名鑑」『夜の歓樂』「夜の歓楽」{世界文学叢書}の第八巻に「メッシナの宮殿」として収載されています。 戦後も{東西性小説大全}の第二巻として「メッシナの宮殿」「魅惑の花」「珍典複刻全集」「本能の泉」に各々併載されています。 『シセラ伯爵夫人』『弄肉』等のタイトルで名称だけ紹介されることもあります。

構成
第一章 不思議の雲に包まれたるシセラ夫人の一家
第二章 シセラ伯爵夫人と主従四人の四部合奏
第三章 僥幸、仲間入りすれば男一人に女四人
第四章 巴里メッシナ街に於ける夫人の寝室と其の中に行れる不思議な遊戯
第五章 夫人の入浴、マッサージ台上の秘訣
第六章 珍しい女客、初心に見へた小女は大人も及ばぬ才智

秘本縁起内の「メッシナの宮殿」 で異本を紹介しています。

概要

男性を近づけず、三人の侍女とパリのホテルに暮している貴婦人(シセラ伯爵夫人)が、避暑に来ていたシェルブールで溺れ掛かった所を同じく避暑に来ていた私が助けた所から始まります。 私は伯爵夫人の滞在する旅館へ赴き、挨拶をして別れます。 旅館を後にした私は、或予感から(よく有るパターンです)旅館にとって返し、館内のクローゼットの中に隠れます。 やがて、貴婦人と三人の侍女が登場し、その痴態を覗き見することになります。その後、夫人の部屋に侵入した私は、改めて女性四人と組んず解れずの…、というお約束のパターンになって行きます。


「聖書」

解説

戦前の「有閑マダム行状記」に始まり、いつからか「聖書」の書名で流布されるようになりました。 『奥様情緒記』の内題を持つものもありますが、大半は「聖書」のまま刊行されています。 本物の聖書を模したような装幀になっているものもあります。

元本は「肉体の洗礼」との説もありますが、同書未見のため論考出来ません。

「聖書」扉 『奥様情緒記』扉
公刊本
「肉体の洗礼」
監修・城市郎
河出書房新社
構成
有閑マダム行状記
一、憂鬱な戀愛
二、海濱の誘惑
三、初夜
四、茶室のたわむれ
五、わなに落ちた小鳥
六、ラブレーター
七、あらし
八、淫慾二重奏
九、春たけなわ
聖書
第一章 はしり水
 一、夏の日の憂鬱
 二、春のおとずれ
 三、夢を抱いて
 四、崩れゆく戀
 五、誘はれるままに
第二章 夜ひらく花
 一、思いをのせて
 二、道ならねば
 三、炎ともえて
 四、濡れにぞ濡れし
第三章 偽られた装い
 一、ヴェールをすてゝ
 二、月岡夫人の告白
 三、吉川夫人の告白
 四、星野夫人の告白
第四章 続偽られた装い
 一、星野夫人の告白
 二、O夫人の告白
第五章 忘我のうめき
 一、淫慾のあらし
 二、誰をもとめん
 三、たゞひたぶりに
 四、うめく白獸
概要

郷里の先輩で、遠い縁族に当る月岡教授の家に仮寓していた花田薫は、夫人が鎌倉へ避暑に行く伴をさせられた。 星野夫人、吉川夫人の他にニ、三人の夫人が同行した。 別荘では月岡夫人が花田に迫り、花田も…。

翌日別荘に集まった婦人達は、くじ引きで順番に各々自分の初体験を語りだす。話が盛り上がるに連れ、上気し興奮し出した夫人達は乱れ始め、花田も渦の中に引きずり込まれ…。


「人面鬼」

解説

SMを扱った特異な作品です。意外なことに、地下本には本格的なSMを扱った作品は少なく、死に至らしめるまでの執拗なサディスティック性が主題という点でも、特筆されるべき作品です。 初版のガリ版本が四部、活字本が一章追加されて五部構成ですが、「人面鬼」として揃いで刊行された異本の所見は無く、 各章が「べにおうぎ」『美しき爭い』(第一部 女秘書の巻)、 「華の露」『脂粉の舞』(第二部 女給の巻)、 「明星」『あくなき肉体』(第四部 有閑マダムの巻)と他の作品に併載されて刊行されることが多いようです。

『美しき爭い』扉
公刊本
「人面鬼」
監修・城市郎
河出書房新社
構成
一部 女秘書の巻
二部 女給の巻
三部 母娘の巻
四部 有閑マダムの巻
五部 完結偏
概要

私が同じ大学の先輩秋山に誘われて彼の邸宅へ赴いた時、彼が雇ったばかりの秘書津村慶子も仕事にかこつけて同道させられた。 秋山は自宅に着くと、銃と鞭で慶子を威し、自らの欲望と私の欲望を満たすと、淫虐と残虐の限りを尽くし弄り続けるのであった。 慶子は日ならずして自ら命を絶った。

次の犠牲者カフェの女給恵美は蝶の標本を見せてやると偽って連れ込み…。淫楽の内に殺害にまで至る。後は止まる所を知らず、犠牲者が次々と…。


性典

解説

地下本と呼ぶには多少の抵抗感があるものもありますが、一つの分野を成している性典類を列挙します。 性の営みに関わる全般を扱ったものと、その内の態位(体位)の解説に特化したものに分けることが出来ます。

所謂性典としては、アジア、中近東の古典とされるものが大正から昭和の初期に掛けてまとめて刊行されています。

インドの三大性典とされるのは、「カーマスートラ」(愛経)「ラティラハスヤ」(愛秘)「アナンガランガ」(愛壇)の三書です。 特に「カーマスートラ」は何回もリバイバル刊行されているこの種の性典の基本です。 本邦発とされるは「カーマスートラ」は大正四年に大隅為三がフランス語から重訳したとされている「婆羅門神学 愛経」です。 その後大正十二年十月に泉芳Q印度学会から刊行した「カーマスートラ」は梵語からの直接訳です。 但し、これには体裁が同じで少し厚手の偽版が存在し、梵語のタイトルが少し異なっています。 幸い両版とも当館に所蔵されていますので、見分け方に就いては後日開陳いたします。 同じ泉芳Q印度学会から限定五百部で出した「ラティラハスヤ」は印刷屋の横流しによる海賊版が出ているそうですが、本物と偽物の区別は恐らく不可能でしょう。 アナンガランガ愛人秘戲の書名で昭和三年十二月に文芸資料研究会から竹内道之助訳で刊行されています。

カーマスートラ 愛人秘戲 ジャルダンパヒューム
印度學會版 文芸資料研究會 文藝資料研究會編輯部

トルコからは 「エル・クターブ」(ヱロテック・ビビリオン・ソサイテイ上海支部、部分訳)、 アラビアには「ジャルダンパヒューム」(薫園秘話)(文芸資料研究会編集部)「老人若返り法」 があります。「エル・クターブ」は昭和五年七月に風俗資料刊行会から竹内道之助の全訳が出ています。

お隣中国にも多くの性典がありますが、原本は失われており、日本に伝えられたもののみが「医心方」などに残されています。 但し、「医心方」は医学書ですから地下本との直接的な関わりはありません。 本邦の通俗的な指南書として著名なのは「色道禁秘妙」でしょう。 復刻版が地下出版されたりしていますが、有名な灰跨ぎによる処女鑑別法など、性典と言うよりはハウツウ本と言った方がいいかも知れません。 地下本としては「黄素妙論」が有名です。

先の性典にも態位の解説はありますが、態位の解説を主として扱っているものは、その形態を示す図を中心に成り立っています。 少なくない数の刊行物がありますが、戦前のものはあまり無く、ほとんどが戦後に刊行されたものです。 割と知られている所では 「鴛鴦閨房秘考」「妹背閨房考」「百手秘戯図」 などがあります。


その他

幾つかの解題で取り上げられた作品を名前だけ列挙します。

「ガミアニ」 「船長夜話」 「ファニー・ヒル」
高城二郎
三崎書房(発禁)
高野守夫訳
紫書房(発禁)
吉田健一訳
河出書房新社(発禁)
公刊本
「快美なる饗宴」 「恋の百面相」
監修・城市郎、河出書房新社

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