素肌に密着している蚤を狂言回しにする、というアイデアの純猥本、「蚤の自叙伝」は、地下出版の雑誌を通して本邦には紹介されました。
【文芸市場】九、十月合併号(文芸市場社、昭和二年十月)である「世界デカメロン号」に掲載されたのが本邦に於ける初出です。この特集号は同誌の最終号にもあたり、本家イタリアの「デカメロン」を始め、フランスのエプタメロン、ペルシャやロシア、果ては日本の「今昔物語」から抜粋した『日本デカメロン』を掲載するなど、滅茶苦茶と言えば滅茶苦茶ですが、力の入った編集とも言えるでしょう。そのような中、イギリスのものとして『蚤十夜物』のタイトルで紹介されたのが、「蚤の自叙伝」です。分量の関係で、本編ではなく、序章(単行本では前編第一章)だけの訳出です。訳は当時軟派出版界で頭角を現し始めていた、洋酒ブローカーが本業の佐藤紅霞です。
序章だけ掲載した【文芸市場】が同号で廃刊になり、後続誌として出発した【カーマシャストラ】には、早速本編が掲載されます。同誌は一号から五号までの五冊と、二号の別冊が刊行されました(六号は頒布前押収)が、『蚤十夜物』は第一号、二号別冊(未見)、三、四号の四回に亘って連載されました。単行本「蚤の自叙伝」の前編第二章から第五章の途中に該当する部分です。