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前後篇二冊の大作である。解説によっては作品名を『いばらのかき』としているものもあるが、正しくは『ばらのかき』である。 原文にそのようにルビが振ってあるので間違い無いが、美和書院版が刊行された時、刊行案内に『いばらのかき』とルビを振ってしまったため、 解説される機会や刊行部数から言ってもそちらが流布されたのは致し方あるまい。 頒価は前篇が三百円、後篇が五百円で各々百部刊行。 配布は前篇が昭和25年11月、後篇が昭和27年1月である。 秘作選集の解題に「昭和ニニ年四月一七日…略…『粘葉鵆』(※6) 第二部二〇部の印刷が完成したのは同年六月一五日のことである(竹亭日録)。 …略…内容は「小説茨の垣」上中である。 第一冊には(孔版本で言うと)序篇の一部と第一話・第二話、第二冊には第三話から第六話までの初稿を収める。」 とあり、僅か二十部とは言え、本書には先行する作品が存在したことが分かる。 前篇は『序篇』と『上篇』(第一話から第十二話)で構成され、 後篇は『中篇』(第十三話から第二〇話)と『下篇』(第二一話から第二五話)から成っている。 「茨の垣は小柴垣を匂はせたる題名なり。源氏を掠め、西鶴に想を得たるなど」(第一冊巻頭) 「本篇は源氏物語中、桐壺より花散里までを圧縮して構想を立て、藤壺の独白には、ジェームス・ジョイスのユリシーズ、十八話の形式を採用することによつて、いさゝか欧風の文芸味をも添へた。」(第二冊巻頭) と「粘葉鵆」で作者自ら述べているように、江戸期の戯作によく見られる古典をベースにした構成に成っている。 尚、「源氏物語」や「好色一代男」などの西鶴の一連の作品はどなたもご存知であろうから(読んだことは無くとも題名ぐらいは知っていよう)問題は無いが、 「小柴垣」に就いては若干説明が必要と思われる。 正式の題名は「小柴垣草子」、鎌倉時代に画かれた絵巻物である。原本は失われて、写本のみが伝わっている。 寛和二年(986年)に実際に起きたとされる、伊勢斎宮済子女王と滝口の武者平致光の密通事件を題材にした偃息図(所謂春画のこと)である。 『序篇』はインポテンツに関する哲学が述べてあり、 末尾に「序篇は、雑誌「温泉」一九五〇年一月号に掲載されたものを、若干取捨按配した。「茨の垣」全篇中、公開しても差し支えないのは、序篇の部だけである。作者」とある通り、この編のみ公開可能なことを自ら宣言している。 つまり、その他の部分は公開不可能であることを作者自らが自覚しての刊行と言うことになる。 本書が美和書院から刊行された時は、一冊に収まりきれなかったため『序編』を省き、本編も次巻の「風流賢愚経」に分割して掲載することになった。 但し、解説には分載した旨の記述はなく、新たに発見された続編として扱っている。 当然のことながら公開不可能の部分は書き換えてあり、伏字表を別送している。 |
※6: | 振り仮名に『でつてふちどり』とあり、新仮名遣いで読めば、でっちょうちどりである。 |