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閑話究題 XX文学の館 駄文雑録

地下本の呼称


春本と呼ぼうがエロ本と呼ぼうが個人の自由であるが、当館で地下本として括っている性を主題にした一連の書物を世間では何と呼んでいるか、に就いての戯れ言を述べてみる。

の部分をに置き換えた場合の印象はどうなるか、また文学に置き換えた場合は、など色々と試してみるのも一興である。


悪書
通常は青少年に見せることがはばかれる書籍類のことを指すが、語感から少しユーモラスな感じを受ける(それって館主だけ?)。 そのせいかどうか、今は有害図書という身も蓋も無い用語が代わりに使われている。 悪書という言い方に嫌悪感を感じる研究家もいるようであるが、地下本は確かに良書とは言い難いので、甘んじて享受しよう。 という言葉には強いという意味もあるし…(この場合はしぶといの方がよりフィットするか)。
淫本
淫らな内容の本、と言うことでこの様な呼び方があるのであろうが、余りにも直截な言い方である。 艶本の様に色気を感じさせるのでは無く、ドロドロしたものを連想してしまうのは館主の感性の問題?
裏本
大流行したビニ本ことビニール・カバーで包装された合法的写真集を駆逐してしまった非合法写真集の呼称である。 非合法出版物であるので、当然地下本である。 取締り強化と裏ビデオの登場で一時絶滅寸前にまで追い込まれたが、ここ数年復活しているようである。 裏本とは言い得て妙で結構気に入っているのだが、最早そのものズバリのポルノ写真集に対する呼称として定着してしまったので、地下本一般には使用出来ない。無念!
エロ本
英語(って片仮名ですが)のエロチックまたはエロチシズムを略した和製英語エロを冠した言い方である。 本来の意味を拡大解釈して艶っぽいもの総てに使用されていたが、現在はポルノに押されてあまり使われていない。 若い人が『エロっぽい』と言えば軽い感じがするが、おじさんが『エロ本』と言うと、とたんに卑猥になるのは何故であろうか?
艶本
現在は〈えんぽん〉と読むのが普通である。 文字通り艶っぽい本の総称であるが、江戸時代は〈えほん〉と読み、浮世絵春画を主体にした書物のことを指したそうである。 同じ意味で艶書とは言うが、艶籍という言葉は聞いたことが無い。
艶笑本
艶笑と言う単語はドイツ語のガランテに対する訳語だそうである。 春画を笑い絵とも称するように、笑いという言葉にも性的なニュアンスがある。 そこで、艶本とくっ付けて誕生した造語である(本当かな?)。
奇書
内容の珍しい書物と言う意味であるが、同じ意味の珍書に較べると地下本に対して使用することは少ない。 寧ろ奇書と呼ばれる書物の多くは地下本では無いものが多い。 奇書と呼ばれる地下本もある、程度ではなかろうか。 それにしては同じ読みをする稀書も含めて、奇書という誌名の軟派系雑誌が多いのは何故? 「奇書輯覧」と言う解題本もあるしなぁ…。
好色本
好色と言う言葉は井原西鶴「好色一代男」に代表されるように、江戸時代から使われている。 しかし、本邦の書籍にはあまり似つかわしくない呼称であると、密かに思っている。 この呼び方は西洋の重厚な装幀の書物にこそ合っている、と考えている館主は変でしょうか?
春本
イメージ的には淫本艶本の中間ぐらいに位置する呼び方である。 しかし、はそのものズバリの婉曲な表現なので、地下本の呼称としてはぴったり来る。
粋珍本
あまり使用されない用語である。 艶本書誌の研究家であった故斎藤夜居氏が「猟奇倶楽部」と題する長編読物の序文で見掛けて気に入ったとして、自著の書誌研究書のタイトルに使用している。
スゥハァ本
謎々の様な言い回しだが、ことに及んだ場合の描写に「スゥスゥハァハァ」と言う息づかいを連綿と書き連ねることが多いのでこの名称がある。 この様な描写が多いのは安っぽい地下本にありがちなので、地下本の賎称として言われることが多い。 「ヌルヌルビチャビチャ」と言った表現も少なく無いが、ヌルビチャ本と言うのは聞いたことが無い。
珍本
書物を意味する書、籍を伴って珍書珍籍とも言う。 滅多にお目に掛かれない、内容の珍しい書物と言うことでこの呼び方が使われる。 装幀が珍しい、殆ど市場に出ない、と言った意味での珍本もあるので、地下本のための呼称と言うことは出来ないが、一般的に珍本と言った場合は地下本指す場合が少なく無い。
軟派本
地下本に限らず色っぽいことに関連した本の総称である。 守備範囲があまりにも広すぎるので、地下本を意味する場合は使い辛い用語でもある。
秘本
秘書秘籍とも言う。 筐底に秘して置き、滅多に人には見せない、門外不出である、とのことから付いた呼び名である。 秘するものは何も艶っぽい本に限らないが、戦前の思想関係の本を含め、本来の意味での地下出版物全体に当てはまるので、地下本には相応しい名称であろう。 館主としては一番気に入っている呼び方であるが、稚拙な挿絵で殴り書きのガリ版刷りスゥハァ本までその様には呼びたくない!!。
ポルノ
英語(これも片仮名表記)のポルノグラフィーを略したものであるが、本来の意味での文学、絵画に限らずあらゆる場面に使われて大流行し、今や市民権を得ている。 あまりにも使われ過ぎて言葉が軽くなってしまった。明るすぎて地下本の呼称としては不向きである。 ポルノグラフィーのまま使うのであれば、幾分感じは伝わるか…。
読み和
江戸時代の浮世絵春画(枕絵)を主体にした艶本ではなく、読み物を主体にした艶本のことである。従って、挿絵は普通の絵のことが多いし、全く無いものもある。 読み物中心のワ印と言うことでこの呼び名がある。
猥本
猥褻な本を縮めて言ったものであるが、秘本の様な何か神秘的な響きも無ければ、艶本の様な色気を感じさせる言い回しでもない。 縮めなければ特にどうということも無いが、縮めてしまったがために、同じストレートな言い方でも淫本とはまた違った意味で下卑た感じがする。 猥褻何々という言い方に違和感は感じないが、猥何々にそれこそ卑猥な響きを感じるのは館主だけ? 別に卑猥なものが嫌いと言う訳では無いので誤解無きよう(念の為)。 Y本と書く場合もある。
ワ印
笑い絵のワから、春画を称してワの付いたもの、ワ印と言った。 最初は枕絵のことであったが、後に艶本全般を指す言葉になった。 主に江戸期の艶本に対して使われるが、近代以降の地下本に使用しても違和感は無い。 但し、爺臭いとは言われるかも知れない。

話し言葉では面白い本結構な本その手の本などと言うこともあるが、定義は曖昧で、地下本に限らず広く色っぽい本一般を指していることが多い。また、会話の内容によっては全く別種のものを指しているかも知れない。

法律用語で言えば、戦前の出版法では『風俗ヲ壊乱スルモノト認ムル文書図画』、刑法175条では『わいせつな文書、図画』となっている。関税定率法21条(輸入禁制品に関する法律である)には『風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品』とある。但し、これは公刊も非公刊も関係なく、法の下に平等な概念であるので(意味が違うって)、地下本の呼び方としては相応しくない。

最近はあまり聞かないが、一時流行った焚書行為に有害図書(以前は悪書とか不良図書とか言っていた)追放運動なるものがあった。主に行き過ぎた(粋過ぎた?)性と暴力を扱った書籍類を青少年健全育成の観点から駆逐しようと、白ポストを設置するなど全国的な展開を見せた。但し、これらは主に公刊本に対しての運動であるから、有害図書と言う呼称は地下本とは無縁のものである。と言うよりは、簡単に子供の目(大人の目でも同様だが)に止まるようでは地下出版された本とは言えない!!そんな間抜けな地下本ってあるのだろうか?

発禁本と言えば、普通は当局の取締りを受けた出版物を考えるであろう。厳密な意味では正しくないが、一般的にはその発想で問題ない。しかし、当然ながらここには完璧な地下流通で、表には全く知られなかったものは含まれない。つまり、本来の意味での地下本が総て除かれてしまうのである。その意味で発禁本地下本の代名詞とは成り得ない。

先に述べた通り、館主の好みから言えば秘本が良いのだが、秘宝と言う似て非なるもの(関連が無いとは言わないが)と一緒にされたくないとの思いも強く悩ましい。たかが地下本、されど地下本、とは普通の人は思わないであろう。特に近年地下本地下本でなくなってから、一般にも出回る言葉になっている。結局地下本地下本と呼ぶのが一等無難なのであろうか?

尚、各用語の解釈に間違いがあった場合はお許し下さい。正しい解釈に就いてご教授頂ける方はメールでご指摘頂ければ幸いです。


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