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上下二冊の長編である。本書は他の諸編と異なり、純粋な創作では無く「草堂目録」と題する江戸期の漢文体日記を原本としている。 構成も、原文である漢文を先ず掲示し、それを訳出するという形で進行するが、事に及ぶ場面では大幅な創作の筆が加わる。 本書は昭和33年9月から12月に掛けて小説としての形を整えて行ったが、推敲に推敲を重ねた末、翌年7月に至り、「一応完成しありし長編「由奇」四百枚を全部破棄し、改めて再出発を企つ。」と総てを捨ててしまった。 翌8月から新たに稿を起こし、翌々年3月まで掛けて完成させた。 頒価は還暦祝いを名目に一口千円、限定二百部。上巻の配布は昭和36年1月、下巻は昭和39年9月になってからである。 本書の下巻には『垂乳根』と題する短編が掲載されているが、 案内状の説明に「これは次の企画の「歓呼十種」中の一篇でありまして、このような短編を集めたものを、私版するにつき、よろしくご愛読を頂きたいという、見本の積りであります。 「歓呼十種」は昭和廿四年に、第一篇「アンゴラ兎」を発表したままで、中絶しておりました。…略… 従来製作の長編、短編の中から、ダイジェスト版を作り、全集に替える目的を以って、前約を履まんとするものであります。」とあるように、新たな企画の見本として付されたものである。 実際『垂乳根』は、「貝寄せ」の最終編『妻の手記』のリライトである。 この作品も太平書屋の秘作選集として刊行されているが、印刷済の現物が出てきたため、復刻の形を取らず、表紙のみ作成して中身は本物という変わった形式になった。 |