古書の世界に限らずコレクターの間で重要視される蒐集基準の一つに希少性があるのは論を待たない。 はなから無価値なものは問題外であるが、突き詰めて行けば、これこそが全てであると言っても過言ではないだろう。 他の誰もが所持していないものが自分の手許に在ると言うのは堪らない快感である。 逆に、長年探し求めていたものが自分の手の内ではない所に在ることが分かった時の焦りと、悔しさと、絶望感は筆舌に尽くし難い。 他人の所に在るのではなく、自分の所に無いと言う点が最大の問題なのである。
それでも、問題のアイテムが世の中にまだ存在していれば、時間と軍資金が問題を解決してくれるかもしれない。 絶対的優越感には浸れないまでも、対等な立場には成れる可能性が残っていることになる。 しかし、何処を探しても発見できない、つまり、御天道様の下に同じものが無い場合は話が異なる。 所有者から譲り受けるか、何らかの理由により手放された時に入手する(競争相手がいれば話は単純ではない)しか方法が無い。 実に悩ましい問題である。
古書に於ける所謂天下一本は、正にそれに当たる。 広い天下にそれ一冊しか無いとなれば、血眼になるコレクターが出現してもおかしくはないだろう。 それを所蔵しているコレクターが鼻高々に自慢する気持ちも分からないではない。 しかし、世の中に一冊しか無いこと証明するのは、なかなかに難しい。 原作者或いは刊行者等が、架蔵本や贈呈本に特殊な装幀を施した場合などは分かり易い。 だが、この場合は同一装幀の本は一冊しか存在しないかも知れないが、それはあくまで装幀であって、刊本としては世の中に多数存在している。
通常書物が一冊しか存在しない理由は、稿本であるか、少部数の発行のため、破棄や散逸により存在が確認されなくなるか、司直の手により押収後処分されてしまった場合等である。 稿本は別にして、元々少部数しか発行されない書物と雖も、意識的に処分しない限り、現存するものが無いとか、一冊しか存在しないと言うのは考えにくく(時間の長短についての考慮は必要であろうが)、押収により世間から無くなったケースが大半ではなかろうか。 そして、押収されたものとは、戦前ならば出版法、戦後は刑法一七五条違反の対象になった書物、所謂発禁本、地下本の類である。
責め絵画家として有名な伊藤晴雨が、石版刷りで刊行した「論語通解」と題する五十部限定私家版の小冊子がある。 茶の格子模様の表紙に、「論語通解 全」の題撰が貼られている折帖仕立ての四十頁の小品である。 江戸時代の艶本を模した口絵と本文の組み合わせによる形式であり、三編で構成されている。 口絵は二編は彩色、一編は淡彩である。
近年になって、図の部分が市販の「別冊新文芸読本 性の文学」(河出書房新社、平成四年七月)で公開されてから、 文章を含む全頁の影印を掲載した解説書「日本の艶本・珍書 総解説」(改訂版、自由国民社、平成五年十二月)の出現、 復刻版の刊行(「安田コレクション5」銀座書館、平成六年十二月)等、 内容の点で長い間ベールに包まれていたものが、一挙に白日の下に曝された珍しい書物でもある。
この書物が従来ベールに包まれていた理由は、正に故高橋鐵所蔵本のみの天下一本とされていため、内容が掴めなかったのである。 高橋が自著「性的人間の分析」(秋田書店、昭和四十五年二月)に於いて、この小冊子が手許に在る由来と共に、他に所見がない旨の書物研究家の発言を掲載してから此方、二冊目発見の話が無いため、天下一本と言うことになった。
先の復刻も改題も全てこの高橋本の影印から出ている。 影印から出ていると言うのは、現在この高橋本の所在が明らかでないためである。
しかし、この小冊子の二冊目が存在した。 平成五年一月発行の某古書店の古書目録に異なる書名で掲載されていたものである。 この時は大正から昭和の始めに掛けての稀覯本を含む地下本が一括して出ているので、所有者が後で蒐集したと言うよりも発行当時に入手したものであろう。 古書店主によれば、京都の市で出たとのことであった。
二冊目と推察する理由は何点かあるが、決定的なものは傷みの程度である。 保存状態によって表紙の角が折れてめくれてくるのはよくあることだが、先に紹介した「日本の艶本・珍書 総解説」に掲載の表紙の書影と、所蔵本の表紙を比べて見る。 所蔵本の方が傷が小さいのが判る。 所蔵本は現に存在しているものであり、時代は今である。 本の傷みは不可逆であるから、時代の新しいものの傷が、古い時代のものより小さいということはあり得ない。 従って、両者は別物であることが判る。
所蔵本の表紙 | 高橋本の表紙 |
注:転載の確認を出版社からは頂いていますが、画像の所有者からの回答がありませんので掲載できません。悪しからずご了承下さい。 「日本の艶本・珍書 総解説」は少しずつ版を変えながら継続刊行されていますので、そちらで確認頂ければ幸いです。 |
内容は当然のことながら全く同一である(色使いについては他に彩色されたものを見たことが無いので比較不能)。
図版(部分) | 図版 |
この事は、三十年近く天下一本とされていた書物が実はそうではなかったことの例である。 世の中に存在しないとされていた書物が一度発見されたとなると、二冊目三冊目が名乗りを上げてくる例は少なくない。 「ふらんす物語」しかり、「楚囚之詩」しかりである。 「論語通解」もまたそれらの例に倣う事になるかも知れない。
これは、元々数が少ない上に、情報が不足している事が絶対的な理由である。 存在しないとされているものを探す人はあまりいない。 偶然が全てであると言ってもいいであろう。 その偶然による発見が他の人の注意力を喚起させ、少なければ二つ、多くても数十の目の玉しかなかったものが、一気に数百数千に拡大された結果が天下一本が一本でなくなる経緯である。
一人のコレクターの見聞は高が知れている。特に地下本の場合は発行の実態さえ明かではない。 勿論地下本にも刊行案内は存在する。しかし、当然の事ながら、それらも地下で動いているだけである。探索の基になる資料が少なすぎるのである。 発禁にさえなれば、その記録は何らかの形で文章として残る。記録に残らない地下本は山程ある。 それらの残っていない記録を断片的な資料から作成して行くのが、何物にも代え難い楽しみ(苦しみかなぁ)である。 非常に大変な作業でありますが…
(平成十三年六月三十日)
平成十二年の夏に江戸期の復刻本などを出版している太平書屋が引越をした際、筐底の奥から忽然と「論語通解」一本が姿を現した。この原本が同年十一月に同書屋刊行された「珍冊春冊」にカラーの図版二葉入りで、収載された。『笑臭お臍が茶』の序の部分に、旧蔵者による恋川笑山作の原本との対校を試みた書き入れがあるなど、明らかに既存のものとは異なっている。旧蔵者が誰であるかは記述されていないが、同書屋の出自を考えれば明白であろう。
同書屋は有光書房にいた現屋主が設立したものであるが、有光書房の主人は故坂本篤、戦前は温古書屋を経営していた。つまり「論語通解」の版元である。出て見ればあるべき所にあった、という当然の結果ではあるが、誰もそこに思いが至らなかった。限定五十部と言われているが、版元が所有していたものであれば、限定外の可能性もある。一冊(高橋本)残して全部押収というのも怪しくなった。屋主自身はその存在を知っていたはずであるが、現物が見付からなかったのか、過去に発言はしていないようである。
この調子で後が続くであろうか?或いは発言の機会がないだけで、既に所蔵している人がいるのかもしれない。天下一本と言ってしまったが故に、興味の尽きない話題を提供することになってしまった。尚、同本は現在第三者の手に渡っているそうである。
(平成十四年七月七日)
遂に目録に出ました!!
中央堂書店の「ほんや」第二十五号に掲載です。付属物の書き込みがある所からも、四冊目と推定されます。同店扱いでは二冊目です。長い間、天下一本と言われていた、しかも特殊な分野に属する書籍を二冊も手掛けたのは、極めて珍しいと言えるでしょう。
実は、これとは別に、原本を所有している人がいる旨の情報があるのですが、詳細が分りません。時間的な経緯から、高橋本の可能性が高いのですが…。何れにしましても、先の太平書屋本から一年余りで、更に一冊発見されたということは、これから先が楽しみです。
判型 | 頁数 | 造本関連 | |
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133mm×190mm | 40頁 | 石版刷、折帖 | |
作者 | 伊藤晴雨 | ||
刊年 | 戦前 | ||
挿絵 | 彩色挿絵8図、淡色挿絵4図、挿絵1図 | ||
掲載作品 | 笑臭お臍が茶 | ||
しがいひゃくまでしまいひゃくまで 仕早斐百迄仕舞百迄 | |||
春夏秋冬花小断東西南北宇々争来 |
本稿は【彷書月刊】1997年5月号(弘隆社)に掲載されたものに加筆訂正し、画像を追加したものです。